2026年2月26日
先月 京都を訪れました。
歩き疲れてたどり着いたお寺の庭で
不思議な時間を過ごしました。
ほとんど誰も会話をせず
みんな ただ庭を見ているのです。
苔むした石 風に揺れる葉 落ちていく影。
それらを「鑑賞」しているというより
ただ視線を預けて 心を休ませているようでした。
日本の庭には
「見るための場所」というより
「心を置く場所」という役割があるのかもしれません。
家に戻ると、ふと思います。
私たちの住まいには
「何かをする場所」はたくさんあるのに
「何もしないで外を見つめる場所」はどれくらい
あるだろうか、と。
日常はいつも「内側」に向かって忙しい。
だからこそ 視線を外へ導く窓と その先の風景は
住まいに静かな呼吸をもたらします。
庭は 贅沢な装飾ではなく 暮らしの余白です。
朝 コーヒーを飲みながら木々を眺め
夕方 空の色が変わるのを見る。
それだけで 心はゆっくり整っていきます。
住まいを考えるとき
私たちは「間取り」や「性能」に目を向けがちです。
けれどもう一つ
この家でどんな景色を眺めて暮らすのかも
大切にしていただけたらと考えます。
ソファから見える一本の木。
ダイニング越しの空。
廊下の先の小さな庭。
その風景は これから何万回も、
あなたの日常に寄り添い続けます。
自分の家に
「ぼんやりと外を眺める時間」があること。
それは とても静かで
とても豊かな贅沢です。
家を建てるということは、
暮らす場所をつくることだけではなく
『家族だけの風景』を持つことでもあるのかもしれません。
設計部:縄田